完全ガイド:胡録神社(東京・荒川区)

胡録神社(東京・荒川区) 神社と寺院
胡録神社(東京・荒川区)

東京下町ガイド の「神社と寺院」カテゴリーでは、東京の下町エリアにあるいろいろな神社や寺院をわかりやすく紹介しています。あなたの東京観光におすすめのスポットを毎回 1 つ取り上げます。

今回の記事では、荒川区の 南千住みなみせんじゅ にある 胡録神社ころく じんじゃ を紹介します。

胡録神社は、川中島かわなかじまの戦い から逃げ延びた武士たちが 16 世紀に建てた神社です。この神社では、美と健康の神さまを祀っています。

今回の記事では、胡録神社に関する以下の内容をやさしく解説します。

  • 歴史
  • 祀られている神さま
  • 見どころ
  • アクセス方法
  • その他

この記事を読むことで、胡録神社についてより深く理解できます。あなたが胡録神社を訪れる際は、ぜひこの記事を参考にしてください。

由緒(歴史)

胡録神社(東京・荒川区)
胡録神社(東京・荒川区)

胡録神社によると、この神社の始まりは 16 世紀にまでさかのぼります。

1553 (天文てんぶん 22 年)年から 1564 年(永禄えいろく 7 年)にかけて 川中島かわなかじまの戦い と呼ばれる戦いがありました。この戦いでは、武田信玄たけだ しんげん上杉謙信うえすぎ けんしん とが 信濃国しなの の くに(現在の長野県)の 川中島かわなかじま で 5 度にわたって争いました。

武田信玄は、甲斐国かい の くに(現在の山梨県)の戦国大名です。また、上杉謙信は、越後国えちご の くに(現在の新潟県)の戦国大名です。

1561 年(永禄 4 年)、第 4 回目の川中島の戦いがありました。この戦いは 5 回の戦いの中で最大の規模となりました。また、第 4 回目の川中島の戦いのことを 八幡原はちまんばらの戦い とも呼びます。

当時、上杉謙信の家臣に 高田嘉左衛門たかだ かさえもん という人物がいました。第 4 回目の川中島の戦いにおいて、この人物は戦いに破れました。

高田嘉左衛門とその仲間たちは、関東地方に逃げ延びました。そして、彼らは 橋場村はしばむら汐入しおいり に定住することを決めたのです。汐入は、現在の荒川区 南千住にある地域です。

1561 年(永禄 4 年)、この地での安寧を祈願するため、彼らは 面足尊おもだる の みこと惶根尊かしこね の みこと とを祀る神社を建てました。これが胡録神社の始まりです。

その昔、胡録神社は 第六天だいろくてん という名前でした。この場合の第六天とは、仏教の 第六天魔王だいろくてんまおう のことです。その理由について簡単に説明します。

日本に仏教が入ってくると、神仏習合しんぶつ しゅうごう が広がりました。神仏習合とは、神道と仏教を融合した考えです。神仏混淆しんぶつ こんこう ともいいます。

神仏習合では、日本に昔からいる神さまは、仏教の仏さまや神さまが 変化へんげ した姿と考えます。面足尊と惶根尊の場合は、第六天魔王が変化した姿とされました。

その理由は、面足尊と惶根尊は 神世七代かみ の よ ななよ の第 6 世代の神さまだからです。昔の人たちは、第六天魔王と第 6 世代を結びつけたわけです(どちらも数字の 6 が関係しています)。

1868 年(明治元年)、明治政府は 神仏分離令しんぶつ ぶんり れい を発令しました。これは、神道と仏教、神さまと仏さま、そして神社と寺院を明確に区別する法律です。

神仏分離令により、この神社は仏教に由来する第六天という名前を使うことができなくなりました。そのため、現在の胡録神社に名前が変更されました。

神さまとご神徳(ご利益)

面足尊

胡録神社の 主神しゅしん は、面足尊おもだる の みこと です。主神とは、その神社で中心となる神さまのことです。

面足尊は、神世七代かみ の よ ななよ の第 6 世代の男の神さまです。神世七代とは、天地開闢てんち かいびゃく のときに現れた 7 世代の神さまのことです。また、天地開闢とは、日本神話における世界の始まりのことです。

面足尊は、人の姿をした最初の神さまです。それまでの神さまは、姿がわからなかったり、蛇の体を持っていたりしました。

面足尊とは「完成した見た目」や「整った見た目」という意味です。その名のとおり、この神さまはとても美しい姿をしているといわれています。

面足尊は、美と健康の神さまです。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。

  • 美容:美しくなれる
  • 健康長寿:健康で長生きできる
  • 夫婦円満:夫婦が仲良く暮らせる
  • 芸事上達:音楽、芸術、芸能などが上達する
  • その他

惶根尊

惶根尊かしこね の みこと も胡録神社の主神です。惶根尊は、面足尊とともに現れた、神世七代の第 6 世代の女の神さまです。

惶根尊とは「声に出して言うのも畏(おそ)れ多い」という意味です(昔の言葉の「あやにかしこし」です)。面足尊と同じく、この神さまもとても美しい姿をしているといわれています。

惶根尊は、美と健康の神さまです。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。

  • 美容:美しくなれる
  • 健康長寿:健康で長生きできる
  • 夫婦円満:夫婦が仲良く暮らせる
  • 芸事上達:音楽、芸術、芸能などが上達する
  • その他

猿田彦命

胡録神社は、境内社けいだいしゃ道祖神どうそじん猿田彦命さるたひこ の みこと を祀っています。境内社とは、その神社の境内にある小さな社のことです。

猿田彦命は、神話の時代に神さまの道案内をしました。そのため、みちひらきの神さまとして、あらゆることを良い方向に導くといわれています。

猿田彦命は、導きの神さまです。この神様の主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。

  • 交通安全:船、車、飛行機など、乗り物が安全に往来できる
  • 旅行安全:安全に旅行できる
  • 家内安全:家族が健康で安全に過ごせる
  • 縁結び:良い相手と出会える
  • その他

見どころ

道祖神

胡録神社(東京・荒川区)
胡録神社(東京・荒川区)

胡録神社の 1 つ目の鳥居をくぐると、すぐ左側に 道祖神どうそじんやしろ があります。道祖神とは、村の境界などで病気や悪いことから村を守っている神さまのことです。

胡録神社によると、かつて、この道祖神の社は汐入の村落の出入り口に祀られていました。

この道祖神の社は 猿田彦命さるたひこ の みこと を祀っています。猿田彦命は みちひらきだけでなく、旅の安全と足の健康の神さまでもあります。

昔の人びとは、猿田彦命に旅の安全や足の治癒を祈るときに 草鞋わらじ草履ぞうり を奉納していました。現在でも、胡録神社の道祖神の社の横に草履が奉納されています。

刀塚

胡録神社の 1 つ目の鳥居をくぐると、すぐ左側に 刀塚かたなつか があります。

胡録神社によると、1561 年(永禄えいろく 4 年)に高田嘉左衛門とその仲間たちが汐入に逃げ延びてきた際、汐入の地に刀と鎧兜を埋めたとのことです。

その後、その埋めた場所に刀塚が建てられました。しかし、汐入地域が再開発された際、この刀塚は胡録神社の境内に移されました。

胡粉を挽いた臼

胡録神社(東京・荒川区)
胡録神社(東京・荒川区)

胡録神社の 1 つ目の鳥居をくぐると、すぐ右側に 胡粉ごふんを挽いたうす があります。胡粉とは、貝殻から作られる白い顔料のことです。

今から 150 年から 300 年くらい前、汐入は牡蠣の殻から作られた胡粉で有名でした。汐入産の胡粉は品質が良かったため、おしろいの材料としてだけでなく、人形や能面の仕上げなどにも使われていました。

胡録神社の境内には、胡粉を作る工程で使用された臼が残っています。

各種情報

社務所の受付時間

  • 午前 9 時から午後 4 時まで

電話番号

  • 03-3806-1673

住所

  • 〒116-0003 東京都 荒川区 南千住 8-5-6

地図

アクセス(電車)

  • JR 線の 南千住駅(東口)から徒歩 12 分
  • 日比谷線の 南千住駅(北口)から徒歩 12 分
  • つくばエクスプレス線の 南千住駅 から徒歩 12 分

アクセス(汐入さくら)

  • 汐入さくらの 東京リバーサイド病院 停留所(停留所の番号:22 番)から徒歩 1 分

汐入さくらは荒川区区のコミュニティ バスです。南千住駅の東口から乗ることができます。

アクセス(京成バス)

  • 京成バス(北千 01・北千 02・南千 03)の 東京リバーサイド病院 停留所 から徒歩 1 分

公衆トイレの有無

  • なし(徒歩 1 分ほどのところ汐入公園があり、そこに公衆トイレがあります)

参考

胡録神社 - 荒川区 - 南千住 - 汐入
東京都荒川区南千住汐入の神社:胡録神社のサイトです。
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