東京下町ガイド の「神社」カテゴリーでは、東京の下町エリアにあるいろいろな神社をわかりやすく紹介しています。あなたの東京観光におすすめのスポットを毎回 1 つ取り上げます。
今回の記事では、台東区の東上野(ひがし うえの)にある 下谷神社(したや じんじゃ)を紹介します。
下谷神社は約 1,300 年の歴史を誇る、とても古い神社です。また、都内で一番古い稲荷神社でもあります。
「江戸の祭りは下谷から」という、昔の言葉があります。下谷神社の例大祭である、下谷神社大祭は、東京の下町で最初に実施される夏祭りです。
今回の記事では、住吉神社に関する以下の内容をやさしく解説します。
- 歴史
- 祀られている神さま
- 見どころ
- アクセス方法
- その他
この記事を読むことで、住吉神社をより深く理解することができます。あなたが住吉神社を訪れる際は、ぜひこの記事を参考にしてください。
由緒(歴史)
下谷神社によると、この神社の始まりは 8 世紀にまでさかのぼります。
現在の上野は、その昔、武蔵国 豊島郡(むさしのくに としまぐん)の峡田領(はけたりょう)という地域の一部でした。
730 年(天平 2 年)、峡田領の稲置(いなぎ)は、上野の忍岡(しのぶがおか)に神社を建てました。稲城とは、その土地を治める役職のことです。また、忍岡は現在の上野公園の一帯の昔の地名です。
この神社が祀っていたのは、農業の神さまである 大年神(おおとし の かみ)と戦いと農業の神さまである 日本武尊(やまとたける の みこと)です。
この神社の別当寺(べっとうじ)は、天台宗の 正法院(せいほういん)でした。別当寺とは、神社を管理する寺院のことです。
別当寺は、神仏習合(しんぶつ しゅうごう)が行われていた時代の制度です。神仏習合とは、神道と仏教が融合した考え方です。例えば、神道の神さまは仏教の仏さまが姿を変えて現れたものとされています。
939 年(天慶 2 年)、平 将門(たいら の まさかど)の乱が起こりました。関東の豪族である平 将門が京都の朝廷に対して反乱を起こしたのです。彼は、関東の大半を占領して独立国家を作ろうとしました。
940 年(天慶 3 年)、朝廷は、藤原 秀郷(ふじわら の ひでさと)、平 貞盛(たいら の さだもり)、藤原 為憲(ふじわら の ためのり)たちを平 将門の討伐に向かわせました。
平 将門の討伐のために相馬(そうま)に向かう際、藤原 秀郷はこの神社で勝利を祈りました。戦いに勝った藤原 秀郷は、感謝の意を込めて新しい社殿を建てました。
1625 年(寛永 2 年)、徳川幕府は、上野の忍岡に 寛永寺(かんえいじ)を建てました。寛永寺を建てた理由は、江戸城の 鬼門(きもん)を守るためです。鬼門とは東北の方角のことです。
昔の人たちは、この方角から鬼がやってきて悪いことをすると信じていました。江戸城の鬼門に仏教の寺院を建てることで、徳川幕府の安泰と人びとの平安を願ったのです。
これに伴い、1627 年(寛永 10 年)、この神社は、上野の山下(現在の岩倉高校あたり)に移りました。この神社の当時の名前は、下谷稲荷社(したや いなり しゃ)です。
1663 年(寛文 3 年)、下谷稲荷社は、下谷の広徳寺前通り(現在の浅草通り)の南側に移りました。その理由は、当時の敷地が狭かったため、谷中の天眼寺(てんがんじ)と土地を交換したからです。
1868 年(明治元年)、明治政府は、明治政府は 神仏分離令(しんぶつ ぶんり れい)を発令しました。これは、神道と仏教、神さまと仏さま、そして神社と寺院を明確に区別する法律です。
神仏分離令に関連して、別当寺の制度がなくなりました。そのため、下谷稲荷社は正法院から独立しました。
1872 年(明治 5 年)、下谷稲荷社は、名前を 下谷神社(したや じんじゃ)に変更しました。
1923 年(大正 12 年)、関東大震災(かんとう だいしんさい)が起こりました。関東大震災は、明治以降で日本最大の地震災害です。下谷神社の社殿もこの災害で燃えてしまいました。
1928 年(昭和 3 年)、この地域で区画整理が行われました。それに伴い、下谷神社は東南に 50m ほど移りました。これが現在の下谷神社がある場所です。
神さまとご神徳(ご利益)
大年神
下谷神社の主神(しゅしん)は、大年神(おおとし の かみ)です。主神とは、その神社で中心となる神さまのことです。
大年神は、毎年正月に各家にやって来る 来訪神(らいほうしん)です。来訪神とは、決まった時期に人間の世界にやって来る神さまのことです。正月の飾り物は大年神を迎えるためのものです。
大年神は、後述の宇賀魂命(うが の みたま の みこと)の兄です。宇賀魂命は、稲荷神(いなりしん)とも呼ばれています。
大年神は穀物と農業の神さまです。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。
- 五穀豊穣(ごこく ほうじょう):農作物がたくさん穫れる
- 諸業繁栄(しょぎょう はんえい):各種産業が発展する
- 商売繁盛(しょうばい はんじょう):商いがうまくいく
- 家内安全(かない あんぜん):家族が健康で安全に過ごせる
- その他
日本武尊
日本武尊(やまとたける の みこと)も下谷神社の主神です。この神さま、日本の第 12 代天皇である景行天皇の皇子を神格化したものです。。
日本武尊は、戦いと農業の神です。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。
- 除災招福(じょさいしょうふく):あらゆる災いを取り除く
- 国土安穏(こくど あんのん):国家の平和と国民の安全を維持する
- 五穀豊穣(ごこく ほうじょう):農作物がたくさん穫れる
- 商売繁盛(しょうばい はんじょう):商いがうまくいく
- その他
宇賀魂命
境内社(けいだいしゃ)の 隆栄稲荷神社(りゅうえい いなり じんじゃ)は、宇賀魂命(うか の みたま の みこと)を祀っています。境内社とは、神社の境内にある小さな神社のことです。
宇賀魂命は、穀物、農業、そして、芸能の神さまです。また、宇賀魂命は、同じく穀物をつかさどる神さまの 稲荷神(いなりしん)と同一視されます。
宇賀魂命の主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。
- 五穀豊穣(ごこく ほうじょう):農作物がたくさん穫れる
- 商売繁盛(しょうばい はんじょう):商いがうまくいく
- 家内安全(かない あんぜん):家族が健康で安全に過ごせる
- 芸事上達(げいごと じょうたつ):音楽、芸術、芸能などが上達する
- その他
見どころ
一の鳥居
下谷神社の正面には、鳥居(とりい)が 2 つあります。「一の鳥居」と「二の鳥居」です。
一の鳥居は浅草通りに面して建っています。また、この鳥居は道路を跨いで建っており、自動車もこの鳥居の下を通れるようになっています。
下谷神社の一の鳥居は 1933 年(昭和 8 年)に建てられました。経年劣化に伴い、2018 年(平成 30 年)に修繕されています。
一の鳥居に取り付けられている 扁額(へんがく)の文字は 東郷 平八郎(とうごう へいはちろう)が書いたものです。扁額は、神社の名前が書いてる額のことです。神額(しんがく)ともいいます。
東郷平八郎は、江戸時代の末期から昭和時代の初期にかけての海軍の軍人です。東郷 平八郎は、全国の 東郷神社(とうごう じんじゃ)で祀られています。
隆栄稲荷神社
隆栄稲荷神社(りゅうえい いなり じんじゃ)は、下谷神社の本殿に向かって左側にある境内社(けいだいしゃ)です。境内社とは、神社の境内にある小さな神社のことです。
隆栄稲荷神社が建てられた理由は、下谷神社とその境内を守護するためです。
1923 年(大正 12 年)の 関東大震災(かんとう だいしんさい)の際、隆栄稲荷神社の社殿は火難を免れたました。それ以降、隆栄稲荷神社は「火防(ひよけ)の神さま」としても信仰されています。
花手水(はなちょうず)
下谷神社の 手水舎(ちょうずや)は、季節の花が参拝する人を歓迎しています。手水舎とは、参拝する前に手や口を清める施設のことです。手水舎は、「てみずや」と読む場合もあります。
花手水(はなちょうず)の本来の意味は、屋外での神事の際に花や草についた露(つゆ)で手や口を清めることです。しかし、最近は手水舎の水に色鮮やかな花を浮かべたものを花手水と呼ぶようになっています。
この神社の花手水は、月初めがおすすめです。その理由は、下谷神社の花手水は毎月 1 日に新しいものに入れ替えられるからです。月の途中で花が傷んだ場合、そのまま撤去されます。
拝殿の天井絵
下谷神社の拝殿の天井には、龍の絵が奉納されています。この絵は日本画の巨匠である 横山 大観(よこやま たいかん)が 1934 年(昭和 9 年)に寄進したものです。
下谷神社は、拝殿の天井絵を無料で一般に公開しています。天井絵を拝観する場合、必ず社務所に一声かけて注意事項を受け取ってください。
注意事項の例は、つぎのとおりです。
- 短パンや裸足は禁止
- 防止や上着は入室前に脱ぐ
- 写真撮影は天井画のみ
- その他
下谷神社大祭
下谷神社大祭(したや じんじゃ れいたいさい)は、毎年 5 月初旬に開催される、下谷神社の例大祭です。「江戸の祭りは下谷から」の言葉どおり、東京で一番早い夏祭りです。この下谷神社大祭を皮切りに、浅草神社の三社祭や神田神社の神田祭などが続きます。
新型コロナ ウイルス感染症の影響が拡大したため、2020 年(令和 2 年)は中止となりました。また、2021 年((令和 3 年))は規模を大幅に縮小して開催されました。この祭りは 1,000 年以上の歴史を持ち、本来なら 7,000 人の参加者が見込まれていただけにとても残念です。
下町八福神(家内安全)
下谷神社は、下町八福神(したまち はちふくじん)の 1 つです。下町八福神とは、東京の中央区と台東区にある 8 つの神社のことです。
下町八福神では、それぞれの神社ごとに異なるご神徳(ご利益)があります。下谷神社のご神徳は「家内安全」です。
下町八福神すべてを参拝することを「下町八福神めぐり」や「下町八社福参り」といいます。下町八福神めぐりは、地域おこしの一環として 1981 年(昭和 56 年)に始まりました。
その名のとおり、下町八福神はすべて東京の下町にあります。8 つの神社をめぐることで、下町の名所や旧跡を楽しんだり、下町の情緒を味わったりできます。
下町八福神の詳細については、次の記事を参照してください。
各種情報
社務所の受付時間
- 午前 9 時から午後 4 時まで
電話番号
- 03-3831-1488
住所
- 〒110-0015 東京都 台東区 東上野 3-29-8
地図
アクセス(電車)
- JR 線の 上野駅 から徒歩 6 分
- 日比谷線の 上野駅(1 番出口)から徒歩 5 分
- 銀座線の 上野駅(1 番出口)から徒歩 5 分
- 銀座線の 稲荷町駅(1 番出口)から徒歩 2 分
- 大江戸線の 新御徒町駅(A1 出口)から徒歩 5 分
- つくばエクスプレス線の 新御徒町駅(A1 出口)から徒歩 5 分
アクセス(めぐりんバス)
- 東西めぐりんの 台東区役所 停留所(停留所の番号:1 番・25 番)から徒歩 5 分
- 南めぐりんの 台東区役所 停留所(停留所の番号:20 番・34 番)から徒歩 5 分
- ぐるーりめぐりんの 台東区役所 停留所(停留所の番号:31 番)から徒歩 5 分
- 南めぐりんの 上野駅 停留所(停留所の番号:1 番)から徒歩 3 分
- 東西めぐりんの 永寿総合病院東 停留所(停留所の番号:40 番)から徒歩 3 分
- ぐるーりめぐりんの 永寿総合病院東 停留所(停留所の番号:30 番)から徒歩 3 分
めぐりんバスは台東区のコミュニティ バスです。台東区を観光する場合、めぐりんバスはとても便利です。めぐりんバスの詳細については、つぎの記事を参照してください。
アクセス(都営バス)
都営バス(上 46・上 23・草 39)の 下谷神社前 停留所 から徒歩 2 分
公衆トイレの有無
- なし