完全ガイド:浅草寺(東京・台東区)

浅草寺(東京・台東区) 神社と寺院
浅草寺(東京・台東区)

東京下町ガイド の「神社と寺院」カテゴリーでは、東京の下町エリアにあるいろいろな神社や寺院をわかりやすく紹介しています。あなたの東京観光におすすめのスポットを毎回 1 つ取り上げます。

今回の記事では、台東区の浅草(あさくさ)にある 浅草寺(せんそうじ)を取り上げます。

浅草寺は 聖観音宗(しょう かんのん しゅう)の寺院です。聖観音宗は 天台宗(てんだいしゅう)から派生した宗派で、浅草寺はその総本山です。

浅草寺の正式名称は、金龍山 浅草寺(きんりゅうざん せんそうじ)です。本尊が 聖観世音菩薩(しょう かんぜおん ぼさつ)であることから、浅草寺は 浅草観音(あさくさ かんのん)とも呼ばれます。

浅草寺は、約 1400 年の歴史を持つ、東京で一番古い寺院です。浅草寺の境内の北東には 浅草神社(あさくさ じんじゃ)があります。浅草神社と浅草寺は、もともと 1 つの宗教施設でした。

浅草寺は、東京を代表する観光スポットです。新型コロナ ウイルスが流行する前は、世界中から毎年 3,000 万人がこの寺院を訪れていました。

今回の記事では、浅草寺に関する以下の内容をやさしく解説します。

  • 歴史
  • 祀られている神さま
  • 見どころ
  • アクセス方法
  • その他

この記事を読むことで、浅草寺についてより深く理解できます。浅草寺を訪れる際は、ぜひこの記事を参考にしてください。

この記事には英語版もあります。詳細については、次の記事を参照してください。

由緒(歴史)

浅草寺によると、この寺院の始まりは 7 世紀にまでさかのぼります。また、その歴史は、浅草寺の隣りにある 浅草神社(あさくさ じんじゃ)と密接な関係があります。

土師真中知(はじ の まなかち)時代

7 世紀の初めごろ、檜前浜成(ひのくま の はまなり)と 檜前武成(ひのくま の たけなり)という、漁師の兄弟がいました。

628 年(推古 36 年)の 3 月 18 日、檜前兄弟は隅田川で漁をしていました。その際、彼らは投網の中に仏像を見つけたのです。しかし、檜前兄弟はその仏像が何なのかわかりませんでした。

檜前兄弟は、浅草の郷士(ごうし)である 土師真中知(はじ の まなかち)にその仏像を見せました。その結果、この仏像は 聖観音菩薩(しょう かんのん ぼさつ)であることがわかりました。

慈悲の仏さまである観音菩薩は、多くの人びとの苦しみや願いを聞くため、相手に応じていろいろな姿に変化(へんげ)するといわれています。聖観音菩薩は、観音菩薩が変化する前の姿です。

檜前兄弟と地元の人たちは簡素な仏堂を作り、そこに聖観音菩薩の像を祀りました。

その後、土師真中知は出家し、自宅を寺院としました。そして、檜前兄弟が見つけた聖観音菩薩の像を本尊としてその寺院に祀りました。これが浅草寺の始まりです。

勝海(しょうかい)時代

645 年(大化元年)、勝海(しょうかい)という僧侶が浅草寺にやってきました。彼は修行のために全国を旅していたのです。彼は浅草寺に滞在することになりました。

同年、勝海は、浅草寺の本堂を修繕しました。また、観音菩薩のお告げに従い、彼は浅草寺の本尊を 秘仏(ひぶつ)としました。秘仏とは、信仰上の理由で公開されていない仏さまのことです。

以降、浅草寺の本尊は 厨子(ずし)と呼ばれる箱に収められています。そのため、誰も見ることができません。

円仁(えんにん)時代

857 年(天安元年)、比叡山 延暦寺(ひえいざん えんりゃくじ)から 円仁(えんにん)という僧侶が浅草寺にやってきました。円仁は 慈覚大師(じかく だいし)とも呼ばれる高僧です。

延暦寺は、現在の滋賀県にある、天台宗の総本山の寺院です。また、円仁は、延暦寺の第 3 代 天台座主(てんだいざす)でした。天台座主とは、天台宗の寺院を監督する役職です。

円仁は、御前立(おまえだて)の聖観音菩薩の像を作りました。御前立とは、本尊の手前に安置する仏像です。参拝者は、本尊の代わりに御前立を礼拝することになります。

浅草寺では、本尊が収められている厨子の手前にこの御前立を安置しています。浅草寺は、御前立も秘仏としています。ただし、毎年 12 月 13 日午後 2 時に限り、御前立を公開しています。

円仁は、駒形堂(こまがたどう)に安置されている 馬頭観音菩薩(ばとう かんのん ぼさつ)の像も作ったといわれています。駒形堂の詳細については、つぎの記事を参照してください。

お、円仁は、浅草寺の近所にある 牛嶋神社(うしじま じんじゃ)の創建にも関係しています。牛嶋神社の詳細については、つぎの記事を参照してください。

平公雅(たいら の きみまさ)時代

意外かもしれませんが、浅草寺の歴史には、平将門(たいら の まさかど)の乱で活躍した武将が関わっています。

935 年(承平 5 年)、平将門の乱が起こりました。関東の豪族である平将門が京都の朝廷に対して反乱を起こしたのです。彼は、関東の大半を占領して独立国家を作ろうとしました。

940 年(天慶 3 年)、朝廷は平将門の乱を鎮圧しました。その鎮圧に貢献した武将の 1 人が 平公雅(たいら の きみまさ)です。彼は平将門の従兄弟です。

同年、その功績により、平公雅は 安房国(あわ の くに)の (もり)に就任しました。安房国は、現在の千葉県の南部です。また、守は一番位の高い役人です。

しかし、平公雅は、武蔵国(むさし の くに)の守になりたかったのです。武蔵国は、現在の東京都、埼玉県、そして、神奈川の一部の地域です。

941 年(天慶 4 年)、平公雅は、浅草寺で自分の出世を祈願しました。942 年(天慶 5 年)、彼は武蔵国の守に就任することができました。そのため、彼は浅草寺にとても感謝しました。

平将門の乱により、当時の浅草寺は荒廃していました。そこで、平公雅は浅草寺の再建に力を注ぎました。

平公雅は、浅草寺のさまざまな建物を建てました。例えば、駒形堂雷門(かみなりもん)、そして、宝蔵門(ほうぞうもん)などです。これらの建物の詳細については、つぎの記事を参照してください。

昭和以降の時代

1945 年(昭和 20 年)、東京大空襲は、浅草寺を燃やしました。本堂が再建されたのは 1958 年(昭和 33 年)です。また、五重塔が再建されたのは 1973 年(昭和 48 年)です。

1950 年(昭和 25 年)、浅草寺は天台宗から聖観音宗に改宗しました。そのため、浅草寺の末寺だった 橋場不動尊(はしば ふどうそん)は、天台宗の比叡山 延暦寺の末寺になりました。

橋場不動尊の詳細については、つぎの記事を参照してください。

仏さまとご利益

聖観世音菩薩

浅草寺の本尊(ほんぞん)は、聖観世音菩薩(しょう かんぜおん ぼさつ)です。本尊とは、その寺院でもっとも中心となる仏さまのことです。

慈悲の仏さまである 観音菩薩(かんのん ぼさつ)は、多くの人びとの苦しみや願いを聞くため、相手に応じて 33 通りの姿に変化(へんげ)するといわれています。

聖観世音菩薩は、観音菩薩が変化する前の姿です。聖観世音菩薩の特徴は、人間の見た目に非常に近いことです。

この仏さまの主なご利益は、次のとおりです。

  • 現世利益(げんぜ りやく):現世において願いが叶う
  • 病気平癒(びょうき へいゆ):病気が治る
  • 苦難除去(くなん じょきょ):苦しみから開放される
  • 厄除け(やくよけ):悪いことが起きない
  • その他

馬頭観世音菩薩

浅草寺の 駒形堂(こまがたどう)は、馬頭観世音菩薩(ばとう かんぜおん ぼさつ)を祀っています。馬頭観世音菩薩は、観音菩薩が変化した姿の 1 つです。

馬頭観世音菩薩は、馬の頭をしている場合と頭に馬の像を乗せている場合があります。駒形堂の馬頭観世音菩薩は後者です。

馬が草をたくさん食べるように、馬頭観世音菩薩は、人びとの煩悩や災難を食べ尽くすといわれています。この仏さまの主なご利益は、次のとおりです。

  • 動物救済(どうぶつ きゅうさい):動物たちを苦しみや困難から救済する
  • 無病息災(むびょう そくさい):病気をせず元気に暮らせる
  • 旅行安全(りょこう あんぜん):安全な旅ができる
  • 厄除け(やくよけ):悪いことが起きない
  • その他

大黒天

浅草寺の 影向堂 (ようごうどう) と 恵日須・大黒天堂(えびす・だいこくてん どう)は、七福神の 大黒天(だいこくてん)を祀っています。

大黒天は、豊穣と財産の神さまです。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。

  • 五穀豊穣(ごこく ほうじょう):農作物がたくさん穫れる
  • 商売繁盛(しょうばい はんじょう):商いがうまくいく
  • 金運上昇(きんうん じょうしょう):お金に恵まれる
  • 家内安全(かない あんぜん):家族が健康で安全に過ごせる
  • その他

影向堂の大黒天は、浅草名所七福神(あさくさ などころ しちふくじん)の 1 柱(はしら)です。また、この大黒天は「米びつ大黒」とも呼ばれています。

弁財天

浅草寺の 弁天堂(べんてんどう)と 銭洗弁財天(ぜにあらい べんざいてん)は、七福神の 弁財天(べんざいてん)を祀っています。

弁財天は、水と芸事の神さまです。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。

  • 商売繁盛(しょうばい はんじょう):商いがうまくいく
  • 交通安全(こうつう あんぜん):船、車、飛行機など、乗り物が安全に往来できる
  • 金運上昇(きんうん じょうしょう):お金に恵まれる
  • 芸事上達(げいごと じょうたつ):音楽、芸術、芸能などが上達する
  • その他

弁天堂の弁財天は見た目が個性的です。この弁財天は髪の毛が白いため、「老女弁天(ろうじょ べんてん)」と呼ばれています。

恵比寿天

浅草寺の 恵日須・大黒天堂(えびす・だいこくてん どう)は、七福神の 恵比寿天(えびすてん)を祀っています。

恵比寿天は、漁業と商売の神さまです。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。

  • 大漁追福(たいりょう ついふく):魚がたくさん穫れる
  • 商売繁盛(しょうばい はんじょう):商いがうまくいく
  • 家内安全(かない あんぜん):家族が健康で安全に過ごせる
  • その他

薬師如来

浅草寺の 薬師堂(やくしどう)は、薬師如来(やくし にょらい)を祀っています。

薬師如来は医薬の仏さまです。この仏さまの主なご利益は、次のとおりです。

  • 病気治癒(びょうき へいゆ):病気が治る(特に眼病)
  • 健康長寿(けんこう ちょうじゅ):健康で長生きできる
  • 安産(あんざん):母子ともに健康に出産できる
  • その他

阿弥陀如来

浅草寺の 影向堂(えいごうどう)、伝法院(でんぼういん)、および 淡島堂(あわしまどう)は、阿弥陀如来(あみだ にょらい)を祀っています。また、二仏尊(にぶつそん)の隣にも阿弥陀如来の像があります。

阿弥陀如来は、死後の幸福と現世の安心をもたらす仏さまです。この仏さまの主なご利益は、次のとおりです。

  • 極楽往生(ごくらく おうじょう):死後、極楽浄土に生まれ変わることができる
  • 現世安穏(げんせ あんおん):現世において、何事もなく穏やかに過ごすことができる
  • その他

虚空蔵菩薩

浅草寺の 淡島堂(あわしまどう)は、虚空蔵菩薩(こくうぞう ぼさつ)を祀っています。

虚空蔵菩薩は、福徳(ふくとく)と智慧(ちえ)の仏さまです。福徳とは幸福と財産のことです。また、智慧とは仏教の真理を見極める力のことです。

虚空蔵菩薩の主なご利益は、次のとおりです。

  • 学業成就(がくぎょう じょうじゅ):学問に関する願いが叶う
  • 記憶力増進(きおくりょく ぞうしん):記憶力が良くなる
  • 頭脳明晰(ずのう めいせき):頭が良くなる
  • その他

淡島明神

浅草寺の 淡島堂(あわしまどう)は、淡島明神(あわしま みょうじん)を祀っています。

淡島明神は、女性を守護する神さまです。この神さまの主なご神徳(ご利益)は、次のとおりです。

  • 婦人病治癒(ふじんびょう ちゆ):女性の病気が治る
  • 安産(あんざん):母子ともに健康に出産できる
  • 子授け(こさずけ):子どもを授かることができる
  • 縁結び(えんむすび):良い相手と出会える
  • 裁縫上達(さいほう じょうたつ):裁縫が上達する
  • その他

見どころ

駒形堂

浅草寺 駒形堂(東京・台東区)
浅草寺 駒形堂(東京・台東区)

駒形堂(こまがたどう)は、隅田川にかかる駒形橋の近くにある仏堂です。雷門から徒歩 5 分ほどの場所にあります。

約 1,400 年前、檜前兄弟が観音像を見つけたのがこの場所であるとされています。また、かつてはこの場所に浅草寺の正門があったといわれています。

駒形堂が最初に建てられたのは、平安時代の 942 年(天慶 5 年)です。その後、火災による焼失を繰り返しています。現在のお堂は 2003 年(平成 15 年)に建てられたものです。

駒形堂には 馬頭観世音菩薩(ばとう かんぜおん ぼさつ)が祀られています。この観音さまの特徴は、怒った表情をしていること、そして頭に馬を載せていることです。

これには理由があります。それは、激しい怒りで人びとの苦悩や諸悪を打ち砕き、馬が草を食べるように人びとの煩悩を食べ尽くすためです。

駒形堂の詳細については、次の記事を参照してください。

雷門(風雷神門)

浅草寺の雷門(東京・台東区)
浅草寺の雷門(東京・台東区)

雷門(かみなりもん)は浅草寺の正門です。雷門は浅草寺や浅草のシンボルとなっているため、この場所は記念写真を撮影する人たちで常に混雑しています。

雷門の正式名称は 風雷神門(ふうらいじんもん)です。これは風神と雷神が門の左右に安置されていることが理由です。風神と雷神を祀ることで、浅草寺を水災害から守ることを祈願しました。

雷門で特に目を引くものは、門の中央に吊り下げられた大きな提灯です。この大提灯は高さ 3.9m、幅 3.3m、そして重さが 700kg もあります。この提灯の底部分には龍の彫刻が施されており、これも見逃せません。

浅草観光文化センター(東京・台東区)
浅草観光文化センター(東京・台東区)

雷門の近くには 浅草文化観光センター があります。この建物の最上階には無料の展望テラスがあり、午前 9 時から午後 10 時まで開放されています。

この展望テラスからは、雷門を始め、仲見世通り、本殿、そして五重塔を一望することができます。こちらから浅草寺を眺めることもお勧めです。

雷門の詳細については、次の記事を参照してください。

宝蔵門

浅草寺(東京・台東区)
浅草寺(東京・台東区)

宝蔵門(ほうぞうもん)は、浅草寺の本堂の前にある巨大な門です。宝蔵⾨の 2 階には、国の重要⽂化財である経典「元版⼀切経(げんばん いっさい きょう)」が保管されています。

この元版⼀切経の由緒をたどると、北条 政子(ほうじょう まさこ)にたどり着きます。日本史の教科書や大河ドラマに出てくる人物がこんな身近なところに関係しているのは意外です。

宝蔵門の詳細については、次の記事を参照してください。

弁天山

浅草寺の弁天堂(東京・台東区)
浅草寺の弁天堂(東京・台東区)

弁天山(べんてんやま)は、浅草寺の境内の南東にある小高い丘です。ここには、七福神の 弁財天(べんざいてん)を祀る 弁天堂(べんてんどう)と 時の鐘(ときのかね)があります。

浅草寺の弁天堂の弁財天は見た目が個性的です。通常、弁財天は若い女の人の姿をしています。しかし、弁天堂の弁財天は髪の毛が白いため、老女弁天(ろうじょ べんてん)と呼ばれています。

浅草寺によると、浅草寺の老女弁天は、神奈川県の 江ノ島弁天(えのしま べんてん)と千葉県の 布施弁天(ふせ べんてん)と並んで 関東三弁天 として知られています。

浅草寺の弁天堂の詳細については、次の記事を参照してください。

また、近隣では、吉原神社(よしわら じんじゃ)でも弁財天を祀っています。この神社は 吉原遊廓(よしわら ゆうかく)で働く女性の信仰を集めていたことで知られています。

吉原神社の詳細については、次の記事を参照してください。

毎朝 6 時になると、浅草寺の僧侶は時の鐘を鳴らして浅草の街に朝を告げます。その様子は見学できるため、こちらもお勧めです。その後、人がほとんどいない境内や仲見世通りを散策するのも趣があります。

浅草寺の時の鐘(東京・台東区)
浅草寺の時の鐘(東京・台東区)

淡島堂(女性守護の神さま)

浅草寺の淡島堂(東京・台東区)
浅草寺の淡島堂(東京・台東区)

浅草寺の境内の北西にある 淡島堂(あわしまどう)は、淡島明神(あわしま みょうじん)を祀っています。

淡島明神は、特に女性のための神さまとして有名です。婦人病の治癒、子授けや安産、さらには縁結びのご神徳(ご利益)があります。

淡島堂と淡島明神の詳細については、次の記事を参照してください。

久米平内堂(縁結びの神さま)

浅草寺の久米平内堂(東京・台東区)
浅草寺の久米平内堂(東京・台東区)

浅草寺は、本尊の聖観世音菩薩の他にもいろいろな神さまや仏さまを祀っています。そのひとつが久米平内堂(くめ の へいない どう)に祀られている久米平内です。

久米平内(くめ の へいない)は江戸時代の前期に実在した武士です。腕に自身のあった彼は、千人斬りでたくさんの人びとを犠牲にしました。晩年、その行いを反省した彼は、犠牲者を供養するために浅草寺で禅の修行にはげみました。

久米平内堂の詳細ついては、次の記事を参照してください。

銭塚地蔵堂(商売繁盛の仏さま)

浅草寺の銭塚不動尊(東京・台東区)
浅草寺の銭塚不動尊(東京・台東区)

浅草寺の 銭塚地蔵堂(ぜにづか じぞうどう)では、銭塚地蔵尊(ぜにづか じぞうそん)を祀っています。

善意塚地蔵尊には、江戸時代の貧しい武士の一家にまつわる話があります。この一家は高潔な心がけによって繁栄することができました。

一家が自分たちの庭に祀ったのが、現在の山口県の銭塚地蔵尊です。浅草寺の銭塚地蔵堂は、それを勧請(かんじょう)したものです。

その由来から、銭塚地蔵尊には商売繁盛にご利益があるといわれています。

銭塚地蔵堂の詳細については、次の記事を参照してください。

浅草名所七福神(大黒天)

浅草寺の大黒天は、浅草名所七福神(あさくさ などころ しちふくじん)の 1 柱(はしら)です。浅草名所七福神とは、東京都の台東区と荒川区にある 9 つの社寺に祀られている七福神のことです。

浅草名所七福神めぐりは、おすすめの浅草観光の 1 つです。通常、七福神めぐりは正月に行いますが、浅草名所七福神めぐりはいつでも楽しむことができます。

浅草名所七福神の詳細については、次の記事を参照してください。

ライトアップ

浅草寺(東京・台東区)
浅草寺(東京・台東区)

2003 年(平成 15 年)から、浅草寺では、建物のライトアップを行っています。対象となるのは、次の建物です。

  • 観音堂(本堂)
  • 五重塔
  • 雷門
  • 宝蔵門
  • その他

ライトアップの時間は、原則として日没から午後 11 時です。ただし、変更になる場合もあります。例えば、東京オリンピック開催中は朝の 4 時までライトアップを行っています。

歴史的な建造物がライトで照らされる様は圧巻です。あなたの趣味が写真撮影でなくても、きっと写真を撮りたくなるでしょう。

浅草寺のライトアップの詳細については、次の記事を参照してください。

亡者送り

浅草寺(東京・台東区)
浅草寺(東京・台東区)

浅草寺では、毎年 1 月に「温座秘法陀羅尼会(おんざ ひほう だらにえ)」と呼ばれる儀式を行っています。この儀式は、世界や日本の平和を祈るためのもので、7 日間に渡って行われます。そして、亡者送り は、その儀式の最後の祈祷です。

浅草寺の亡者送りの詳細については、次の記事を参照してください。

白鷺の舞

浅草寺の白鷺の舞(東京・台東区)
浅草寺の白鷺の舞(東京・台東区)

浅草寺では、年 3 回、「白鷺の舞(しらさぎ の まい)」を奉納しています。

浅草寺の宝物の 1 つに 慶安縁起絵巻(けいあん えんぎ えまき)があります。これは、浅草寺の歴史や伝説を描いたものです。白鷺の舞は、この絵巻物の中に描かれている祭礼行列を再現しています。

浅草寺の白鷺の舞の詳細については、次の記事を参照してください。

歳の市(羽子板市)

浅草寺の歳の市(東京・台東区)
浅草寺の歳の市(東京・台東区)

浅草寺では、毎年 12 月の 17 日、18 日、そして 19 日に歳の市が開かれます。この歳の市では、正月用品や縁起物を売る露天が数多く立ち並びます。また、浅草寺の歳の市では羽子板を売る露店が多いため、羽子板市とも呼ばれます。

浅草寺の歳の市の詳細については、次の記事を参照してください。

各種情報

寺務所の受付時間

  • 午前 8 時から午後 5 時まで(影向堂でご朱印を受付ている時間)

電話番号

  • 03-3842-0181

住所

  • 〒111-0032 東京都 台東区 浅草 2-3-1

地図

アクセス(電車)

  • 銀座線の 浅草駅(1 番出口)から徒歩 1 分
  • 浅草線の 浅草駅(A4 出口)から徒歩 1 分
  • 東武伊勢崎線(東武スカイツリー ライン)の 浅草駅(正面改札口)から徒歩 3 分
  • つくばエクスプレス線の 浅草駅(A1 出口)から徒歩 10 分

アクセス(めぐりんバス)

  • 北めぐりん(浅草まわり)の 浅草寺北 停留所(停留所の番号:22 番)から徒歩 1 分
  • 北めぐりん(浅草まわり)の 二天門 停留所(停留所の番号:23 番)から徒歩 1 分
  • 北めぐりん(浅草まわり)の 浅草松屋西 停留所(停留所の番号:24 番)から徒歩 2 分
  • 北めぐりん(浅草まわり)の 浅草駅 停留所(停留所の番号:1 番)から徒歩 3 分
  • 東西めぐりんの 雷門通り 停留所(停留所の番号:31 番)から徒歩 2 分
  • 東西めぐりんの 浅草駅 停留所(停留所の番号:32 番)から徒歩 3 分
  • 東西めぐりんの 雷門 停留所(停留所の番号:33 番)から徒歩 1 分
  • ぐるーりめぐりんの 浅草雷門 停留所(停留所の番号:17-2 番)から徒歩 1 分

めぐりんバスは台東区のコミュニティ バスです。台東区を観光する場合、めぐりんバスはとても便利です。めぐりんバスの詳細については、つぎの記事を参照してください。

アクセス(都営バス)

  • 都営バス(草 43)の 浅草雷門 停留所 から徒歩 5 分
  • 都営バス(草 24)の 浅草雷門 停留所 から徒歩 5 分
  • 都営バス(草 42-3)の 浅草雷門 停留所 から徒歩 5 分
  • 都営バス(草 64)の 浅草雷門 停留所 から徒歩 5 分
  • 都営バス(草 64)の 二天門 停留所 から徒歩 1 分
  • 都営バス(上 26)の 浅草二丁目 停留所 から徒歩 2 分
  • 都営バス(都 08)の 浅草二丁目 停留所 から徒歩 2 分

二天門 停留所は浅草神社の横、浅草二丁目 停留所は浅草寺の裏にあります。また、雷門 停留所は浅草文化観光センターの横にあります。

公衆トイレの有無

  • あり(境内に数か所、仲見世通りにも数か所あります)

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